羽田国際線発着枠の傾斜配分の背景となった,「公的支援による競争の歪み」が本当に起こっているのか,私なりに分析してみたいと思います.なお,データは航空経営研究所がまとめたものから抜き出しました.
まず,基本的な数字から確認しましょう.2013年3月期決算はこのようになっています.
JAL | ANA | JAL-ANA | |
営業収益 | 12,388 | 14,836 | -2,447 |
営業費用 | 10,436 | 13,798 | -3,362 |
営業利益 | 1,952 | 1,038 | 914 |
営業外収支 | -94 | -269 | |
特別損益 | 46 | -61 | |
税金等 | -188 | -277 | 89 |
純利益 | 1,717 | 431 | 1,285 |
JALは破綻後の路線縮小が影響しているのが,収益はANAの方が大きいです.しかし,費用はJALの方がはるかに小さいため,利益はJALの方が大きいという結果になっています.確かに純利益の差は大きいですが,もともと営業利益もJALの方が大きいことから,法人税の優遇だけが高利益の理由ではないことがわかります.
本業であるフライトのパフォーマンスはこのようになっています.
JAL | ANA | JAL-ANA | |
国内線 | |||
搭乗率(%) | 63.1 | 62.1 | 1.0 |
旅客キロ単価 | 21,084 | 18,329 | |
国際線 | |||
搭乗率(%) | 76.1 | 75.2 | 0.8 |
旅客キロ単価 | 11,948 | 12,202 | |
合計 | |||
搭乗率(%) | 70.3 | 67.3 | 3.0 |
旅客キロ単価 | 15,633 | 15,633 |
搭乗率はJALの方が国内・国際線とも1%ほど高く,合計では3%も高いです.
旅客キロ単価は旅客1人を1,000km運ぶことで得られた収益です.JAL (大圏距離) とANA (運航距離) では距離の基準が違うそうですが,ほとんどの路線で違いは数%程度だと思いますので大雑把に比較すると,国際線はほぼ同じ,国内線はJALが大きく,合計ではほぼ同じです.つまり国内線では,同じ路線でもJALの方が高くチケットが売れたことになります.
運賃が同等か高くても搭乗率が高いのは,営業努力,商品改良,それに路線・機材最適化の結果でしょう.営業費用に関しては確かに破綻したことでリストラや効率化がしやすくなったというのもありそうですが,ShojiさんもおっしゃるようにANAにも破綻するという選択肢はあるわけです (必要もないのに破綻をすることはないとは思いますが).
最後は財務状況です.主なところだけ抜き出すと以下のようになります (省略した項目もありますので,合計は合いません).
JAL | ANA | JAL-ANA | |
現金・有価証券 | 3,480 | 4,196 | -716 |
航空機・建設仮勘定 | 4,557 | 9,876 | -5,319 |
資産合計 | 12,166 | 21,372 | -9,206 |
有利子負債 | 1,585 | 8,969 | -7,384 |
退職給付引当金 | 1,545 | 1,308 | 237 |
負債合計 | 6,334 | 13,641 | -7,307 |
資本金・資本準備金 | 3,644 | 6,008 | -2,364 |
利益準備金 | 1,982 | 1,507 | 475 |
純資産合計 | 5,832 | 7,731 | -1,899 |
大きな違いはJALの方が有利子負債,保有航空機の資産ともに小さいところです.ANAが強調する「財務体質の違い」は,おそらく有利子負債の大小のことだと思います.JALの破綻処理の一環として負債を棒引きにし,公的支援を受けたのが負債の圧縮につながったのだとすると,確かに公的支援が財務体質の違いをもたらしたと言えます.
では,「JALが強固な財務体質を背景に不当な競争を行っている」ということでこの結果が説明できるかというと,どうもそうではないような気がします.
不当競争として一番考えられるのが出血覚悟の値引きですが,それは明らかに起こっていません.もし起こっていたら,旅客キロ単価がANAより小さくなりますし,そもそも税引前の利益が大きくなるはずがありません.
あるいは,負債が小さいことを利用して有利な条件で借金をし,航空機を大量に購入・リースして路線を拡大することも考えられますが,収益はANAの方がむしろ大きく,保有航空機の資産が小さいことと辻褄が合いません.そもそも,日本では国交省の管理が厳しいので,やりたくてもなかなかできないのが現実かと思います.
まとめると,
- 税引前の営業利益でもJALが勝っており,法人税の優遇だけが高利益の原因ではない.
- 高利益は主に営業費用が小さいことよるもので,これは一連の破綻処理の中でも公的支援ではなくJAL自身のリストラ・合理化の成果.
- 公的支援により有利子負債を圧縮できたと思われるが,強固な財務体質を利用して無理なダンピングや路線拡大を行った形跡はない.
ということになり,JALの利益は自身の努力で得た,真っ当なものであるとしか思えないのです.ただ,あまりに大きすぎて目立ってしまった上に,政権交代の時期と重なり,公的支援を受けたのにけしからん,という話が出てきただけではないでしょうか.
航空ビジネスや会計についてはど素人なので,誤解や見落としがあるかと思いますが,その際はお手柔らかにご教示くださいませ.
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理論的かつ詳細なデータで説明して頂きありがとうございました。
新聞やネットメディアではなかなかお目にかかれない具体的なデータで、とても参考になりました。
>税引前の営業利益でもJALが勝っており,法人税の優遇だけが高利益の原因ではない.
>高利益は主に営業費用が小さいことよるもので,これは一連の破綻処理の中でも公的支援ではなくJAL自身のリストラ・合理化の成果.
>公的支援により有利子負債を圧縮できたと思われるが,強固な財務体質を利用して無理なダンピングや路線拡大を行った形跡はない.
営業利益で搭乗率でも、JALが勝っているとは意外でしたあー。
しかし、営業費用圧縮は会社によって良い事なのでしょうが、破綻後の上級会員向けサービスや特典枠などはマイナスなことばかりでしたねえ。
但し、それ以前が大盤振る舞いし過ぎというか、素人の私から見ても、コスト意識が全くない会社だなあと思いましたしね。
いずれにしても、今回の記事を拝見させて頂き、ますます今回の国交省の措置に関して、疑問が膨らんで来ました・・・。
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疾風さん
ありがとうございます.そう言っていただけると慣れぬ会計用語を調べつつ分析した甲斐があります.
> 営業利益で搭乗率でも、JALが勝っているとは意外でしたあー。
> しかし、営業費用圧縮は会社によって良い事なのでしょうが、破綻後の上級会員向けサービスや特典枠などはマイナスなことばかりでしたねえ。
> 但し、それ以前が大盤振る舞いし過ぎというか、素人の私から見ても、コスト意識が全くない会社だなあと思いましたしね。
一番お金を落としてくれる上級会員向けの特典とコストのバランスは難しいところですよね.あまり削りすぎてお客さんが逃げては元も子もないわけですから.JALの場合,チケットも高く売れているので今のところそんなことにはなっていないようですが.まあ,アメリカでもデルタがしょぼいマイレージプログラムの割に好調ですし,主な顧客であるビジネス客にとっては結局信頼性とか問題が起きたときの対応が重要で,特典は (文字通り) おまけなのかもしれません.
> いずれにしても、今回の記事を拝見させて頂き、ますます今回の国交省の措置に関して、疑問が膨らんで来ました・・・。
本当は今回の配分割合が妥当かまで見たかったのですが,発着枠は半永久的ですし,アライアンスの関係まで考え始めると私の手には負えず,破綻処理の業績への影響を見るぐらいしかできませんでした.当然国交省はそのあたりも考えた上で決めたと思いたいですが・・・ とりあえずはJALの問い合わせに対する回答に注目したいと思います.
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私も、先程PDFレポに目を通しましたが、良くできていましたねえ。
しかし、日本のネット世論は下記のような感じで、「JAL怪しからん!」のような一般論ばかりで、不毛な議論が多いです。
議論下手の日本人は他者批判の言葉の激しさだけが目立ち、FTのように建設的な議論になかなかならない所が残念です。
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/other/10018/result
>まあ,アメリカでもデルタがしょぼいマイレージプログラムの割に好調ですし,主な顧客であるビジネス客にとっては結局信頼性とか問題が起きたときの対応が重要で,特典は (文字通り) おまけなのかもしれません.
デルタが好調とは意外ですねえ。日本ではかなり評判悪いのですが。
ビジネス客にとって特典はおまけ・・・我々旅行者にとっては「特典航空券は生き甲斐」なのですがw
しかし、米国のビジネスマンはフライトを移動する手段と割り切っているんですねえ。
米系は特典とチケットの安さだけは魅力的ですが、食事のまずさとアイスクリームのボリュームに閉口しますし、CAの振る舞いも・・・。
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疾風さん
> しかし、日本のネット世論は下記のような感じで、「JAL怪しからん!」のような一般論ばかりで、不毛な議論が多いです。
> 議論下手の日本人は他者批判の言葉の激しさだけが目立ち、FTのように建設的な議論になかなかならない所が残念です。
> http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/other/10018/result
怖いですね~.実名を出しながらこんなことが書けるのは,それはそれですごいかも・・・ FTも荒れることはありますが,まだ有益な情報や議論の方が多いですね.
> デルタが好調とは意外ですねえ。日本ではかなり評判悪いのですが。
米系はだいたい評判悪そうですが(笑),昨年比で言うとUAの1人負けのようです:
http://www.fool.com/investing/general/2013/10/09/cream-rises-to-the-top-in-the-airline-industry.aspx
デルタは定時発着率が高く,WiFiが地方路線を含めほとんどの機体に装備され,キャンセル・遅延時の対応も良いと,確かに効率を追求するビジネスマンが好みそうな要素が揃っています.私はどうしても必要なときにしか乗らないんですが.
> ビジネス客にとって特典はおまけ・・・我々旅行者にとっては「特典航空券は生き甲斐」なのですがw
> しかし、米国のビジネスマンはフライトを移動する手段と割り切っているんですねえ。
> 米系は特典とチケットの安さだけは魅力的ですが、食事のまずさとアイスクリームのボリュームに閉口しますし、CAの振る舞いも・・・。
国内線ばかり頻繁に飛ぶ人は,それこそバスか何かだと思って割り切らないとやっていられないでしょうね.毎週末同じルートをひたすら往復する,なんていう人も多いみたいですから・・・ 特典でさらに飛ぶなんて考えられない,というのもわからないではないです.FAは当たりはずれが激しいですが,それはアメリカならどこでも同じなので慣れてしまいました(笑).
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ただいま日本は3連休で沖縄に来ています。
さて、ロジックがスッキリした見事なデータと記事で、なるほど!と思いました。
ありがとうございました。
自分の会社が儲からないのは、他社のせいだというハシタナイ言葉は、やっぱり大人気ないことがわかりました(笑)
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Shojiさん
沖縄いいですね~.アメリカも10/14はコロンバスデーというマイナーな祝日で,会社や学校によっては休みなんですが,うちは平日扱いです(泣).
> さて、ロジックがスッキリした見事なデータと記事で、なるほど!と思いました。
> ありがとうございました。
> 自分の会社が儲からないのは、他社のせいだというハシタナイ言葉は、やっぱり大人気ないことがわかりました(笑)
ありがとうございます.JALがほぼ自力で復活しつつあることがわかり,感心しました.羽田の配分がそれに水を差さないことを願うばかりです.
おっしゃる通りだと思います。
JALは大幅な経費削減を断行して、競争力のある筋肉質になっているというのが正確だと思っています。
ANAに言わせると「JALが経費断行をできたのは破たんしたからだ。特に人件費削減はANAがやったら大問題になる」と
いう論理も何もないコメントをしています。平均給与で「200万円」差があるとも言われています。
この件はあきらかに「政治問題」にされています。自民党の圧力で国交省が翻弄されているのでしょう。
大手マスコミはほとんどこの問題に触れていません。これも自民党に対する「配慮」「遠慮」なのでしょう。
Kaz Shudoさん
コメントありがとうございます.破綻したから大胆な改革ができたというのはある程度当たっているとは思いますが,それを理由に足を引っ張ることはないとも思いますね.まだ新規路線などは制限されているようですが,めげずにがんばってもらいたいものです.