ユナイテッドの事件
ユナイテッド便で搭乗拒否された人が空港警察により引きずり降ろされた事件が日本でも大きく扱われています.「エアライン (ユナイテッド) が人権無視」という論調が多いのですが,敢えてユナイテッドを擁護してみます.
私は,シカゴ空港警察の対応が一番問題だったと思います.実際,対応に当たった警官3人が「手順に従わなかった」疑いで調査を受けるため休職中 (有給) です.ユナイテッドのやり方はベストではありませんでしたが,やむを得ない事情があった可能性もあり,人権侵害として断罪するのは時期尚早な感じがします.怪我をした乗客はもちろん最大の被害者ではありますが,降りることを頑なに拒否したところに問題がなかったとは言えません.
状況を整理すると以下のようになります.
- オーバーブッキングのため搭乗が進んでいる間に振替のボランティア募集が開始され,補償として800ドル (1000ドルとの情報もあり) のバウチャーが提示されましたが,振替便が翌日午後だったためか名乗り出る人はいませんでした.
- オーバーブッキングの理由は,デッドヘッド (乗務するフライトの出発地へ向かう) のため急遽4人のクルーを載せなければならなくなったためのようです.予定されていたデッドヘッドなら事前にわかっていたはずですが,運航上の理由で搭乗開始直前に決まったのかもしれません.
- 次の対応としてスタッフが搭乗拒否対象者を選び,それを告げに機内に入りました.対象者の選び方は「ランダム」という報道もありましたが,スタッフがこの乗客に対して「一番安い運賃だから」と言っているのを聞いたという証言もあり,正確なところは不明です.本来は航空会社により予約日,運賃,チェックイン時刻,ステータスのいずれかの順で決めることになっています.
- ところがこの乗客は降りることを拒否して動こうとしませんでした.理由は,自分は医師で翌日朝一で病院に行かなければならないというもの.
- 仕方ないのでスタッフが警察を呼び,やってきた警官が乗客を引きずり降ろしました.この過程で警官が乱暴すぎたため,乗客がアームレストに顔をぶつけて流血という事態になったようです.
搭乗拒否・オーバーブッキングのルール
オーバーブッキング自体は違法ではなく,運送契約にもオーバーブッキングのため搭乗を拒否される可能性があることは明記されています.また,乗務のために移動 (デッドヘッド) するクルーを有償の乗客より優先するのも,航空会社にとってはやむを得ない措置です.搭乗拒否されるのが数人なのに比べ,乗務員がいないためにフライトが遅延・欠航する影響はずっと大きくなります.
予約があるのに乗せられない客が出た場合,アメリカでは (どこでも?) まずボランティアを募集し,いなければ一定の基準に従って搭乗拒否対象者を選ぶことになっています.ボランティアへの補償はバウチャーが基本で,交渉も可能ですが,意思に反して搭乗拒否される場合は現金 (チェック) で,金額は支払った運賃と遅延幅で一律に決まります.
- 1〜2時間:運賃の2倍 (最大675ドル)
- 2時間以上:運賃の4倍 (最大1350ドル)
ただし,定員50人未満の小型機で重量バランスのために搭乗拒否する場合,原則補償はありません.
今回の件では,デッドヘッドのクルーを急遽乗せることになった事情,他にデッドヘッド可能な便がなかったのか,搭乗拒否対象者の選び方,説明の仕方 (運賃の4倍の現金補償があることを説明したか) に不明な点はあるものの,それ以外は一応手順を踏んでいると言えそうです.また補償額が運賃で決まることを考えると,対象者を運賃の安い順に選ぶのも理にかなっています.断られたら他の人に当たればいいという話もありますが,それを許したら結局誰も了承しないということになりかねませんし,ボランティアとの境界が曖昧になります.
なお,いったん搭乗を認めてから搭乗拒否はできないはずなので,一般的な搭乗拒否のルールは適用できないのではないかという議論もあります.なるほどと思う一方,単なる揚げ足取りのような気がしないでもありません.搭乗してみないと搭乗拒否が必要かどうかわからない状況はいくつも考えられるからです.例えば,ゲート預け荷物が多いと重量オーバーになるところだった,というケースは私も実際に経験したことがあります.あるいは,座ってみて初めてシートが壊れていることがわかるということもありそうです.
乗客としてどう対応すべきか
乗客として搭乗拒否に遭った場合,どう対応すべきでしょうか.乗ろうと思っていたフライトに乗れないのはいろいろ不便ですが,誰かが降りなければ出発自体できませんし,事前に決まっている基準で選ばれてしまった以上じたばたしても仕方ありません.特にアメリカでは乗務員の指示に従わないと犯罪になりかねませんので,今回のように警察を呼ばれてしまうことになります.
この乗客は医師で翌朝の勤務があったということで,患者のことを考えたと思えば立派ですが,一方で「だから他の重要でない職業の人が降りればいい」という意識があったとすると感心できません.
万一搭乗拒否に遭ったら,その場ではとりあえず従い,ターミナルに戻ってから補償と振替便の交渉を行った方がよい結果になると思います.振替便に関しては,もっと早く着ける便があれば他社便にするよう交渉できますし,ホテル代・食事代・アップグレードも交渉材料です.また,もしその場で受け取った補償が上記の規定以下であれば,後からDOTに通報することもできます.
エアライン側の対策
もちろんユナイテッドにも非がなかったとは思いません.
これを機にオーバーブッキングを禁止しようという声もありますが,空席が増えて航空券の値上げにつながる可能性があります.アメリカの統計データによれば,2015年に延べ6億人以上が飛行機に乗ったのに対し,意思に反して搭乗拒否されたのは4万6千人と,1万人に1人以下の割合です.こんなに低い確率でしか起こらないことを禁止するために,全員の負担が増えるのは妥当でしょうか.
オーバーブッキングを続けるなら,ユナイテッドにできる対策としては地上スタッフにもっと高額のオファーを出す自由度を与えることが考えられます.今回のフライトはシカゴ〜ルイビルと比較的短距離で,片道運賃の4倍でも800ドル行ったかどうか怪しいですが,バウチャーが使われない可能性もあること,航空券売り上げにつながることを考えればもう少し上げてもよかったかもしれません.機に敏いデルタは早速ボランティアへの補償の上限を上げると発表しましたが,法定上限よりも高い補償が長期的に維持できるのか疑問です.
降機を拒んでいるだけで特に暴力的でもなかった乗客に対して警察の介入を要請するのが妥当だったかという疑問もあります.この批判に対応するためか,ユナイテッドCEOは今後搭乗済みの乗客を搭乗拒否するために警察を呼ぶことはしないと約束しました.しかし,頑として首を縦に振らない乗客が出るとどんどんフライトが遅れることになり,それはそれで不満が噴出しそうです.
あとは,先日のレギンス搭乗拒否事件を含めダメージコントロールにも問題がありました.今や,詳しい状況がわからないままSNSによりエアラインに不利な情報が拡散されてしまう時代です.すぐに謝罪するとともに対策と調査を約束すべきところ,最初の声明が乗客に責任があるかのような内容だったため炎上してしまいました.その後CEOが改めて全面謝罪し,同じ便に乗り合わせた乗客全員に運賃を払い戻すという対応で収束を図っています.
いずれにしても,乗客はユナイテッドを訴えるつもりのようなので,今後法廷で詳しい事情が明らかになりそうです.私としてはなぜ直接手を下した空港警察を訴えないのかが疑問ですが,ここまでユナイテッド非難の世論が圧倒的になってしまうと,ユナイテッドとしても正当性を主張しにくくなり,適当なところで示談に持ち込むことになるかもしれません.
私はこれからDELTAに搭乗する時は、ExpertFlyerをよーく普段とは逆チェックしてから
1万ドル目当てで臨みたいと思いました(笑)
FC FLYERさん
天気予報も併せてどうぞ (笑).
今回の事件はボランティアの募り方と、降ろさざるを得ない乗客の降ろし方に問題があると思いました。
ボランティアの募り方については800ドルのバウチャーとのことでしたが、これが現金だったら状況が変わっていたかもしれません。
乗客の降ろし方についてはもうコメントするまでもなく、論外な降ろし方だったでしょう。
いずれにしても、ボランティアを募る際は、協力金をどんどん引き上げる or どんどん良い条件を提示すれば
いつかは誰かしら食いつくでしょうから、エアラインの努力が足りない(今までのやり方が通用しなかった)と考えています。
通りすがりさん
おっしゃるとおり,UAにも非はあると思います.しかし,ボランティアへの補償が現金でなくバウチャーなのは米系全体の慣習ですし (DLは事件後限度額を引き上げましたが相変わらずバウチャーです),指示に従わない乗客に対して警察を呼ぶのも,米系では残念ながらよくあることのようです.UAも暴力的に排除してくれることを期待していたわけではないと思います.UAの補償がケチだったのは確かですが,今回の事件は米系ならどこでも起こり得たことで,UAが全面的に悪いという論調はおかしいのではないかと思いました.
20年前の学生時代に、LAX-KIXのノースウェストで、
LAX-HNL(ホテル・タクシー往復・夕食全て準備)ーKIXで、ファースト&ビジネス用意、
さらに1000ドルのノースウェストバウチャー or 400ドルの小切手のどちらか選択という、
今回の話からするとなかなか破格の提示であった事を思い出しました。
最近の日本でも、最終便でのボランティア参加で2万円+ホテル用意に応募しました。
悩む前に、とにかくボランティアに申し込め!と言うのが私の勝手な格言なのですが、
その後も空席が足りずに航空会社が条件をアップした場合には、既にボランティアに応募した人の条件も引き上げられるのでしょうかね?
お好み焼きは広島風さん
補償は昔の方が良かったようですね.同じバウチャーでも使える範囲が広かったと読んだことがあります.
米系では,一番最後にボランティアに応じた人と同じ補償を全員に適用するようです.なので,おっしゃる通り自分の中の基準に到達したら即応じるのがいいということになりますね.
takさん
違った視点からのご意見ありがとうございます。ネット上で大勢の意見と違うことを表明するのは勇気がいりますよね。
また、状況や論点が整理されており、感情的に流されるところを冷静に見つめるいい機械になりました。
僕は今回の件では、双方とも柔軟性に欠けたのではないかと思います。もちろん、このいったん座席に座った乗客に柔軟性を求めるのも心理的に酷かもしれませんが、私なら警察の姿を見たら何が正しいのかも忘れて、とりあえず降機したと思います。下手したら逮捕やもっと行けば発砲されるかもということも頭をよぎります。
とにかく、UAの現場の職員に選択肢が少なすぎたと言うか、ここまでしかできないと言う縛りがきつかったのではないかと思います。
冷静に考えれば、オヘアからルイビルまで車で5時間もかかりません。陸路で行く方法もあると思います。
さらに、近くにシンシナティやレキシントンなど代替空港もあるし、ノンストップ便でなくても経由便ならその日のうちにルイビルに着けた便があったのではないかと思います。アメリカン航空も飛んでいますし、他社の経由便も含めてすべて満席だったとは思えません。UAが他社を利用させたくないのはわかりますが、乗客はもらった保証金で他社に乗ったりレンタカーをするという選択肢も出てきます。
用意した代替便が翌日夕刻だったのが事態を悪くしたんでしょうね。乗客もそういった知識がある人だったとは限りませんので、
UAのゲートエージェントやスーパーバイザーがさらっと、こういった選択肢を用意できる権限があれば、こういった事態にはならなかったと思います。僕がこういってしまうのは結果論で卑怯かもしれませんが。
大阪球場さん
勇気がいるというか,実はちょっと炎上を期待していたのですがダメだったようです (笑).
おっしゃる通り,UAは (前CEO時代から?) スタッフが柔軟性に欠け,補償額が低かったり他社振替を渋ったりするところはあると思います.一方乗客の方も,旅慣れていない人が急に降りろと言われたらパニックに陥ってしまうのもわからないではありません.
結果論も,改善策につながればよいと思いますよ.DLは実際に補償の限度額を引き上げたようですし.